ヒッチコックという秩序 - ドゥニ・ヴィルヌーヴ『ボーダーライン』 |
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2016年 04月 24日
・ネットフリックス限定配信の『サイレンス』が今一(この話、60分で終わるだろ、というのと、主題的に新しくもない。)で、世評があまり高くなかったペキンパーではない方の『キラーエリート』が予想よりかなり良かった。(トニー・スコット的というとほめ過ぎか。) ・最近、バッファローポンタみたいな顔しながら日常を過ごしている。連休明けとか地獄なんじゃないか、と思ってしまう今日この頃。無為に忙しいよぅ…。 ドゥニ・ヴィルヌーヴ『ボーダーライン』 五列に連なる漆黒の車の列が街に飲み込まれるように消えていくのを見てしまった後から始まる、アメリカ映画の歴史をなぞるような地獄巡りに、ただただ息を飲むばかりだった。 彼岸での自己の選択を問うという主題と、神の視点と呼ぶべき俯瞰ショットは、イーストウッドのそれだろうし、メキシコの国境で混沌の象徴に出会う観る者という図式、その人を突き放した眼はコーエン兄弟『ノーカントリー』を彷彿とされる。或いは、超規的な殺人鬼によって捜査官が画面の向こう側に広がる無秩序へと誘われる構図に『羊たちの沈黙』を連想するかもしれない。ただ、これらの「映画史」からの引用を連想させながら、ほとんど引用元を発展させた映画となっており、驚きを禁じ得ない。底の見えない、大蛇のような映画だ。 物語は、画面の向こう側にある涅槃と呼ぶべき混沌と死の世界であるメキシコへと、ヒロインが向かっていく映画だといえる。一軒家からの突入から常に、ヒロインと危機はフレーム越しに仕切られており、彼女は傍観者として描かれている。 さらに言えば、アクションや危機は当初、予告された上で提示されていくことになる。 冒頭のシークエンスを思い返してほしい。ヒロイン達がマフィアのアジトに突入し、その後処理をしている。そこで、離れたガレージ、その地下が蠢く様がショットで提示され、ヒロインの相棒である男が、犬が横切るのを、何か予感をするように眺めるショットへと繋げられる。その後に、爆発が起こることになる。 粉塵で見えなくなる画面が『アメリカンスナイパー』を頭によぎらせるこのシークエンスは、当初は、欠陥があると自分は考えていた。活劇性を優先するならば、ガレージのショットを見せない方が、より予想を裏切るものになるのだから、最初に危機を見せることは、いわば悪手なのだ。しかし、ヴィルヌーヴは、ヒッチコックが「爆弾を見せる」と呼んだ手法、危機を最初からショットとして提示することで、緊張感を持続させるこの悪手に固執するのである。それは何故か。 それは画面の外側で庇護されたまま傍観するヒロインの、その安全を「危機の予告」が象徴しているからに他ならない。その安全地帯は、先のメキシコでの任務の中で、破られることになる。 ほとんど『アメリカンスナイパー』への当てつけのような、うねるような俯瞰ショットによって位置関係が明白に示される護送シーンにおいて、マフィアの襲撃は先に予告されることになる。銃を持っている車両は無線に知らされ、銃を持つことを示すショットがインサートされるそれは、文字通りアメリカ側の殲滅戦になるだろう。しかしながら、混沌の象徴たるベニチオ・デル・トロの台詞から発せられた危機は、画面の向こう側から、予告なしに到来することになる。 秩序の破れ目、誰が敵で味方なのか分からない、死がそこかしこにある混沌の世界への移行を、アクション演出の差異によって象徴させる。それが、ドゥニ・ヴィルヌーヴの超域的なドラマのスタイルなのだ。この徹底は、映画史的な変遷を辿っていくだろう。ベニチオ・デル・トロの尋問シーンにおいて、ヒッチコックの『サイコ』のシャワーシーンのラストが引用され、その後銀行でのシークエンスによって画面の向こう側へといくヒロインが提示された後、『羊たちの沈黙』を彷彿とする師弟関係と暗視ゴーグルのショットへと移行していく。そして、最後にはデルトロが混沌として、アントン・シガーのようにヒロインと対峙する場面へ至ることになる。 明確にアメリカ映画の引用の流れによって、このサスペンス映画では、秩序が無秩序へと変貌していく様が演出されている。さらに、そこにアクション演出の差異が重ね合わされているのである。前半部では「爆弾を見せる」演出がサスペンスを持続しつつヒロインの安全を保障していた。それが突発的なアクションへと段階的に移行していくことで、無秩序の世界を象徴していくことになるのだ。(その前に、バーのシーンでは、予告と予感を示すショットが冒頭とは逆の順序になっていることも言及しておきたい。) その中で、頻出する闇と俯瞰とが、『プリズナーズ』に連なる、妄執的な意志によって、不条理な世界へと対峙する個人の、その無力さという主題を浮かび上がせていく。その演出の緻密さに、感嘆せざるをえない。 しかも、その中で、無秩序の世界への導入に使われる手法が、日本映画を彷彿とさせるものになっていることに、ドゥニ・ヴィルヌーヴのどん欲さを見て取ることができないだろうか。メキシコの街並みでつり下げられた死体は、青山真治『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』からM・ナイト・シャマラン『ハプニング』に連なるイメージであるし、暗視スコープで描かれるモノクロと緑ががった画面の中、身体が影のように矮小化されるのは、日本のビデオホラーを想起させるものになっている。しかし、それらが見せ場にしていたものを、あくまで導入として取り入れ、照明の明暗と適切なショットによる劇映画を展開していくところに、過去のすべてを取り入れ、自身の作家性へと収束させてしまう大蛇のごときヴィルヌーヴの野心を感じざるを得ない。 冒頭で画面の前に映され、狼のように振る舞っていたはずのヒロインが、冒頭で映された一般市民のように遠景へと追いやられるラストの対応、そして最後の寓意と余韻と繋げていく緻密さに、アメリカ映画の完成を観たという感慨に打ちのめされてしまった。傑作でしょう。
by unuboreda
| 2016-04-24 19:18
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